大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1328号 判決 1960年12月06日
控訴人(被告) 淀川税務署長
被控訴人(原告) 麻畠レース有限会社
訴訟代理人 今井文雄 外五名
原審 大阪地方昭和二八年(行)第七七号(例集九巻九号165参照)
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人指定代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張及び証拠は、控訴人指定代理人において、証人山田俊治の供述を援用し、被控訴代理人において、被控訴会社は昭和三四年三月三一日旧商号大和レース有限会社を頭書の商号に変更した、と述べ、被控訴会社代表者麻畠粂雄の供述を援用したほかは、原判決の事実摘示と同一であるからそれを引用する。
理由
当事者間に争のない事実は、原判決理由の冒頭に示すとおりであるから、該当部分をここに引用する。
まず本件のごときいわゆる指定寄附金については、法人税法第三一条の三第一項の同族会社の行為計算の否認の規定は適用されない、との被控訴人の主張について判断する。同族会社においては、その首脳者の意思によつて会社の行為を左右することが容易であるため、首脳者が本来個人として負担すべき出費を会社の出費とすることによつて首脳者の負担を軽減し、同時に会社の租税負担を軽からしめるなど、不当に法人税の軽減をはかることが容易である。かかる会社の行為を否認する点に、法人税法の右条項の目的があるのであつて、いわゆる指定寄附金についても右に述べたような不当な出費が行われる可能性があり、これを否認する必要があること他の諸行為におけると異るところはない。同法第九条第三項但書、同法施行規則第八条は、会社のなした寄附金のうち特定のものについてその全額を損金に算入することを定めたにすぎないものであつて、右のような同族会社の不当な出費の場合にもその行為を否認することを排除したものと解すべき理由はなく、行為否認に関する被控訴人の主張は採用しがたい。(なお、計算の否認についてはのちに説明する)
控訴人は、被控訴会社の本件寄附は、会社の目的たる事業の遂行とは関係がなく、代表者たる取締役の個人的信条、動機に基いてなされたもので、本来取締役個人としてなすべき寄附を、同族会社なるが故に会社の寄附として支出したものであるから、その行為を否認したのである、と主張するけれども、この点に関する当裁判所の判断は、原判決理由中二、に説示するところと同一であるからここに引用し、この主張を採用しない。
次に控訴人は、本件寄附の額が被控訴会社の規模、利益額、寄附の対象等からみて不当に高額であるから、相当部分計算の否認をなした、と主張するのでこの点について考察する。一般に同族会社の出費がその会社の規模、業態、出費の性格からみて不当に高額であり、正常かつ合理的な法人経理においてはなしえないものである場合には、その出費は経費に名を藉りた利益金の処分であるから不当な部分の計算否認をなしうるのであつて、例えば役員給与として支出したものが、その会社と規模、業態等を同じくする一般の法人が当該役員と職務、経歴等を同じくする役員に支給する給与の額に比し著しく高額である場合には、給与に名を藉りた利益金処分の性質を有するものであり、これを損金に算入することは不当に法人税の負担を減少させるものとして、相当額を超える部分の計算否認をなすことができること明かである。ところで、一体出費の種類が寄附金である場合に、同族否認の規定の適用上、寄附金の額がその会社にとつて不当に高額であるということはどのような意味をもつのであろうか。それは、当該寄附金額の支出が経費に藉口した利益金の処分であるかどうかの問題と置き換えて考えることができるのであつて、さらにはそれを損金と認めることが租税負担公平の原則に反するか否かの問題に帰する。しかして法は、会社の寄附金がその会社の損金、即ち益金を獲得するために必要な事業上の経費としての性質を持つかどうかにつき一般的に同法第九条第三項本文、同法施行規則第七条において、適正損金の額を、会社の資本金額、所得金額を基準として擬制的に法定し、これを超える部分は所得の計算上損金に算入しないものと定めていて、そのことは同族会社であると否とを問わない。これは、寄附金については、他の諸経費の場合と異り、法人一般の例をもつて律すべき適正額ないし相場というべきものがなく、その性質上それぞれ別個の存在理由に基き、金額も各事情により区々であるのを通常とするところから、損金性の限度につき租税法定主義の要請を保つためこのように一律に定められたものと解される。また、一定の種類の寄附金について同条項但書、同施行規則第八条はその全額を損金に算入すべき旨を定め、通常の寄附金の場合のごとく会社の規模、業態による差異を設けていない。これは、指定寄附金は、本来益金獲得に必要な経費としての損金の範囲を超えるものであつても、別個の政策的考慮に基いて例外的にその全部につき損金たることを擬制したものと解され、したがつて寄附金の性質が会社の事業と関係があるかどうかは問うところではなく、また損金算入により法人税の負担が減少する結果となることは、もとより法の甘受するところであり、さらにその寄附金額の多寡ないしその会社にとつて過大であるか否かも問わない趣旨と解すべきである。しかして、法の寄附金についてこのような規定を設け、あるものには一定の限度をもつて、他のものには一定の種類をもつて、それぞれ損金算入の範囲を定めたことは、およそ法人のなす寄附金の損金性は、常にこの基準で判断すべきものと定める趣旨と解するのが相当であつて、ひとり同族会社の寄附金についてのみ、さらに同法第三一条の三第一項の計算否認の規定により、別個に損金性の範囲を算定しうるものと解すべきではない。もとより、法人が多額の指定寄附金を支出するにあたつて、非同族会社においては会社の諸機関の相互作用による制限が加えられる結果、高額の寄附を、ことに本件のように会社の営利目的と関係のない学校建築資金として拠出することには困難が伴うことが多いであろうが、会社の業種、経営方針、寄附の対象の如何によつては必ずしもあり得ないことではない。また、同族会社においては、首脳者の経営方針によつて比較的容易に高額の寄附を拠出しうるものであり、それは非同族会社ならば拠出しないであろう(或いはできないであろう)金額を、同族会社なるが故に拠出したといいうる場合もあるであろう。しかし、それだからといつてこの寄附金が租税負担の公平を破るものだとか、経費に藉口した利益金処分であるとかいうことはできないばかりか、この場合、「同一規模の非同族会社ならば通常指定寄附金として最大限何程の額をなすであろうか、即ち会社経営の合理的活動として認めうる最高額を想定し、その額を超える当該同族会社の指定寄附金額のみを」計算否認すべきものと解することは、かかる「規定」をなすこと自体、他の諸経費と異つて著しく個別的でいわゆる相場を欠く寄附金の性質上殆ど不可能かつ無意味であり、もし、しいて課税官庁に適正額を想定せしめるとすれば租税法定主義に反するおそれがあるといわねばならない。このように適正額の基準を法人一般の例に求めることが困難である点に、それを補うものとして同法第九条第三項本文及び但書が寄附金の損金算入を決定したことの理由があるというべきである。かく解すれば、被控訴会社の本件寄附の額が、会社の規模等からみて不当に高額だから相当部分計算の否認をしたとの控訴人の主張は、それ自体理由のないものである。のみならず本件において、資本金七〇〇万円、当期所得金額九、三四七、八〇〇円の被控訴会社が、大阪市の小学校建築資金として一五〇万円の寄附をしたからといつて、必ずしも会社経営上の合理的経理を逸脱し不相応に高額であるということはできず、これを容認することが法人税の負担を「不当に」減少させる結果になるとは認められないから、いずれにしても本件の場合、寄附金額が過大であるとの理由では同族会社の計算否認をなし得ないことに帰し、控訴人のこの主張は採用できない。
結局控訴人のなした本件更正処分の中には、法人税法第九条第三項但書、第三一条の三第一項の適用を誤つた違法があり、その違法部分の取消を求める被控訴人の本訴請求は相当として認容すべく、これと結論を同じくする原判決は結局正当であるから本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 亀井左取 小川武夫 杉山克彦)